気配
首元を、鮮やかに軽やかに駆け抜ける一筋の夏の風。
私は吹き抜けた風の行方を追うことなく、その快さが再び私に訪れることを確信する。
ブラインドの隙間からまだらの白と透明な青。
向かいの家の窓。カーテンはいつも開いているのに、私は一度も住人を見たことがない。
私のいる、この部屋のカーペット。薪の置かれた暖炉。騒々しさの真ん中の、静寂な音のない世界。
何ひとつ変わらず私を釘付けにする。
足元から愛しさが溢れだす。立ち尽くし、両脇に垂れた10の指の先からも震え出すような記憶の洪水。
ナクシテイタからこんなにも欲しいのか、忘れ物のように、ここに残していたものが再び目覚めただけなのか。
むせるような、立ち籠める気配にほんのすこしの目眩を感じ、ごしごしと目をこする。
現実と現実のはざま。コトリと背後で扉を開く鍵の音。
あなたも私の気配をずっとたずさえていた。刺青みたいに、それは体中。
約束してたでしょう?私、帰って来たよ。
Written By 藤沢佳乃