陽の名残り

 トンボがゆるゆると飛び交うなか、片瀬西浜海岸で行われている全国ライフセービング競技大会を観に来ている。日本全国の海岸で活動を続けているライフセーバーが一同、江ノ島を間近に見るこの海岸に集合した。日頃の練習の成果を発揮できるこの機会に、会場は日に焼け、鍛えられた体の若者達で埋め尽くされている。会場の片瀬西浜海岸は、観光名所が多数ある鎌倉方面への乗り継ぎポイントでもある小田急線の片瀬江ノ島駅からほんの5分ということもあり、江ノ島へ向かう観光客や水族館へ遊びに来た親子連れ、釣り客、犬の散歩のついでに立ち寄った近所の人など、一般の人達の顔も多く見られる。海の競技特有の、ビーチパーティのような陽気なノリと運動会のような和気あいあいとした楽しいざわめきでいっぱいだ。大会の司会進行役のDJは夏の終わりがもう鼻の先まで迫っていることを忘れさせてくれる選曲で、会場の盛り上がりに一役買っている。

 空は雲一つない澄んだ青。三浦半島の頭上、東の空に純白の糸のような細長い月が霞むように見える。そして、南の少し西に傾いた高い位置からは9月の太陽。真夏のそれとは少し違う、けれど、熱く焼き尽くすような真っ白な光が地上に降り注いでいる。その輝きは、まぶしさに目を細め、波の打ちよせる様も見えないほどだ。カラリと乾いた空気と時折腕をさすりたくなる冷たい風が、どの季節にも属さない場所にいるような奇妙な感覚を与えている。

 沖の右手にえぼし岩が見える。そしてすぐに私の目の焦点は、その先のごつごつと不規則な稜線の箱根の山々、背後の富士山のくっきりと雄大な姿へと吸い込まれるように移っていく。折しも昨日は今年の初冠雪でもあり、山頂はそこだけ絵の具をのせたようにちょこりと白くなっている。海岸線は長く長く伸び、左は三浦半島の先から右は伊豆半島の伊東辺りまで見渡すことができる。見えるあたりといえば、いつもは葉山か小田原までがせいぜいなのだ。それぞれの半島によって作られる相模湾のほぼ中間にあたるこの浜辺に立つと、まるで自分の両腕で太平洋を抱いているようにさえ感じられる。

 ここには、各海岸で活動するクラブのメンバー達でごった返している。右を向いても左を向いてもジャージか、水着に水泳帽といった姿の彼らを見分ける術は、着ているものに記されたクラブ名やカラーの違いくらいだろう。私の目には、それらを除けば、一様に日焼けした体と、今日のような、雲一つない空から降り注ぐ太陽光線を防ぐためのサングラスを付けた彼らは、皆同じに見えてしまうのだ。とはいえ、彼らを見ているとその体の美しさに魅せられてしまう。男女とも背中や肩は広く、それらは十分に鍛えられた筋肉で支えられ、ずっしりと重みのある上半身から腰にかけてスイと細くくびれている。女の子達の腿が競輪選手のように太く引き締まっているのには驚いたが、これは人命を救うための日々の厳しい練習の現れだとも言えるのだろう。

 競技は、砂浜でのリレーやビーチフラッグと呼ばれるゴール地点に立てられた旗を奪い合うもの。パドルレースは、ロングボードによく似たレスキューボードに乗り、腕の力だけでひたすら漕ぎ続け(パドリングするというわけ)浜→沖→浜へと戻ってくるタイムを競うもの。他にもCPR(心肺蘇生法)を使ったものや、溺者救助を想定した競技などもある。数ある競技の中でとりわけ私の興味を引いたものがカヤック競技だった。競技自体よりも、その道具であるスキーカヤックの存在が魅力的だった。競技で使用する浜辺をすこし離れた所には、色とりどりのレスキューボードが海に向かって垂直に置かれ、次の出番を待っている。何百という大きく張りのあるボードが浜を埋めつくすように並べられている様は壮観だ。その中に、列からにょっきりはみ出している足長の「舟」がいくつもある。それがスキーカヤックだった。すらりと細身のボディのためだろうか、4メートルほどの長さだが、それ以上に感じる。そして幅も狭い。舟の先端はツンと尖って上を向いている。

 キラキラと輝く海面に、何艘ものスキーが浜から沖へ沖から浜へとゆっくり進んでいる様子は、優雅さと穏やかさに満ちていた。いくつもの豪華客船が出着港をしているようにも見え、スキーが切り開いていった後の海面は、瞬く間に太陽が落とす光の反射と波で埋め尽くされ、何事もなかったようにまた静かな表情に戻っていく。その繰り返し。

 3日間行われる大会は、3時過ぎにはその日のプログラムもほぼ終了し、参加者や見学者は帰路へと車を出したり駅へ向かいはじめていた。明日の最終日まで、江ノ島の宿へ泊まる者やテントを張り浜辺で野営する者もいる。駅へ戻ろうと道を横断していると、同じ会場からRESCUEの文字が書かれた一台のバンが出てきた。車の上には何枚ものボードとカヤックがくくりつけられている。日の光に赤みが増し、空気に肌寒さを感じはじめていた。日の長さは昨日より確実に短くなっているのだ。会場を後にするバンに、夏の終わりと遠くない冬の始まりを思わずにはいられなかった。

written by 藤沢佳乃

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